■ダンデライオン■
急に現われた幸村の姿に、伊達の屋敷は騒然となった。 見張り番の男はコソコソと言葉を交わしたかと思うと、慌てて屋敷内へと駆けて行く。 「一寸お待ちくだされ」 その場に残ったもう一人の見張りの男が幸村に言った。 「どうかなされたのか?」 「別に何でも御座いません」 幸村は頭に疑問符を浮べながら、見張りの男を見た。 男は落ち着かない様子でそわそわとしている。 やがて中に走っていった男が帰ってきた。 また、コソコソと何か言うと、幸村に向かった。 「今政宗様は外出中で御座います。どうか日を改めてまたお越しください」 幸村は眉をひそめた。 「今日はもうお戻りにならないのか?」 「はい」 「本当に?」 「本当で御座います」 怪しい。 幸村はそう、思った。 今まで訪ねたときに外出していることはあっても、追い返されることはなかった。 それにこの門番たちの態度も変だ。 何かを必死で隠そうとしている。 ただの凡人ならば気付きはしないだろう。 だが、幸村は心身共に鍛え上げられた武士だ。 いつもと違う空気を、ひしひしと感じていた。 「だが」 と、幸村は口を開いた。 「折角甲斐は信濃からやってきたのだ。せめて土産だけでも受け取ってはくれまいか」 「はぁ」 見張りの男が顔を見合わせる。 「別に構いませんが」 幸村はにこりと笑った。 「そうですか。では、失礼いたします」 そう言うと幸村は屋敷の門を潜ろうとした。 それを慌てて見張りの男が止める。 「幸村殿!中に入って良いとは言っておりません」 「だが今、土産を渡しても構わんと言ったではないか」 「土産は私共がお渡ししておきます」 「御本人にお会いできないのだ。部屋まで己で届けてもよいだろう?」 「いけませぬ」 「どうして」 「どうしても、です」 門番も譲らないが幸村も譲らない。 きっと何か隠し事をしていると思い、どうしてもそれを暴いてやりたくなった。 「通してください」 「できません」 門前でこのような悶着があった頃。 小十郎は必死で政宗を追いかけていた。 小さくて見つけにくいのに加え、すばしっこく駆け抜けていくので中々追いつけない。 もうどれくらい追いかけたのだろう。 政宗は高い木の上に登っていった。 するすると器用に登っていく。 小十郎はようやく木の下まで来ると、上を見上げた。 「政宗様!」 声を大きくして呼ぶ。 「政宗様!下りてきてください!」 はぁはぁと肩で息をする。額にうっすらと汗が滲んでいた。 「そんな高い所は危険です。早く下りてください!」 政宗は丁度中間辺りで登るのをやめた。 そして細い枝の上をゆっくりと歩いていく。 「政宗様!!」 「にゃぁ」 「平気だ」と言うように政宗が鳴いた。 徐々に端へと向かっていく。 (どうしてこんな事を…!) 今までこんな無茶なことをしたことはなかった。 (猫になったからか?) そう思っているうちに政宗は更に端へと進む。 枝がゆらゆらと不安定に揺れた。 その時。 小十郎が思っていた不安が的中した。 政宗が足を滑らした。 咄嗟に爪を出して枝にしがみ付いたが。 頼りない枝は今にも折れそうに撓っていた。 「政宗様っ!!」 小十郎の声が、静かな空気に響き渡る。 助けたい。 でも、どうすることもできない。 政宗がか細く鳴く。 必死に登ろうともがくが、それもできなくて。 ポキッと軽い音が聞こえた。 と、同時に。 政宗が落下していく姿が、小十郎の両目に映っていた。 |
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