■正直なヤツ■



「小十郎」
「何ですか?」
急に呼ばれ、小十郎は振り返った。
「今お前が何を考えてるか当ててやろう」
唐突に言われて、小十郎は驚いた顔をした。
「…は?」
「わしはお前が何を考えてるかわかっておるのだ」
大きな目を上目遣いにして言う。すると政宗は口唇が触れ合いそうなくらい顔を近づけてきた。
「と、殿…?」
真剣な目で見つめる。その目の力に圧倒されて、小十郎は少し後ずさった。
「お前、わしと接吻したいと思っておるな」
言われて、小十郎は目を見開いた。
「そうであろう。わしにはわかるのだ」
「あ、あの…」
「正直に言うてみろ。お前の目を見ればすぐにわかる。時々したそうな目をしておるからの」
追い詰めるようにして、政宗は更に近づく。
小十郎は少しずつ下がっていたが、やがて壁に背中があたりそれ以上逃げられなくなった。
「殿…」
「言うてみろ」
政宗の息が近い。小十郎は自分の脈が速くなるのを感じた。
「私は…」
唾を嚥下する。政宗はじっと小十郎を見つめた。
春の暖かい風が二人の髪を揺らす。
すると、大きな手が政宗の頬に触れた。そのまま髪を掻きあげるようにして頭の後ろに回す。
「私は…貴方と」
政宗はじっと見ていた目を閉じた。二人の息が更に近くなる。唇が軽く触れ合った。
「したい、です」
ゆっくりと、政宗は目を開いた。そして真剣な視線をおくったかと思うと、肩を震わせて笑い出した。
「くっくっく…はははは!」
驚いたのは小十郎だ。目の前で笑う主人をただ呆然と見ることしかできない。
ひとしきり笑うと、政宗は振り返り、言った。
「わしの勝ちだな、成実!」
政宗が見ている方向に目をやると、柱の向こうから成実が顔を出した。
「なんだ、やはり負けか」
「当たり前だ。こいつはわしの前では嘘をつけんからの」
残念そうに言う成実に向かって笑いながら政宗は言う。
「明日のおやつの団子、全部わしのものだからな」
「ちぇっ、しょうがないの」
しばらく話がつかめなかった小十郎だが、状況が飲み込めてくると密かに目を細めた。
二人は気付いていない。
「それじゃあわしは行くぞ。書道の練習がまだ残っておるからの」
「あぁ。頑張れよ」
笑顔で成実を見送る。
足音が遠ざかると、小十郎は声を出した。
「殿…?」
聞いたこともないような優しい声に、政宗は思わずビクリとした。
笑顔が張り付いたまま振り返る。
するとそこには笑顔の小十郎がいた。しかしその目だけは笑っていなかった。
「私をからかっていたのですか?」
声が低くなった。ここまで怒っている声を政宗は聞いたことがない。
その場から逃げ出そうと動いたが、がっちりと腕を捕まれていて逃げることができない。
「別にからかってなんか…」
「では何だったのですか?」
先程とは逆の立場となり、小十郎は政宗に迫った。
「こ、小十郎…」
「私が本気になれば貴方をどうにだってできるのですよ」
その目が恐い。
覆い被さる体勢になり、小十郎の表情が見えなくなる。
「今ここでこうやって押し倒すことも、犯すことも、殺すこともできるんです。それを分かっているのですか?」
「離せっ小十郎!」
「離しません。貴方はいつもそうだ。都合が悪くなればすぐ逃げようとする」
「うるさいっ!」
「貴方は先程、私が接吻したいと思っていると仰ってましたね?でも本当は貴方がしたいのでしょう?もうそんなお年頃ですからね。貴方は女の方より男がお好みなんですか?ならいつでも私がお相手いたしますよ?満足させてあげます」
「黙れ!そんな事、嫌味な口調で言われても嬉しくないわっ!!」
顔を真っ赤にして政宗は言った。小十郎を押しのけようとして腕を突っ張る。
「言うなら気持ちをこめて言え!」
半分泣きそうになっている。小十郎はそんな政宗を真剣な目をで見ていたかと思うと、声を出して笑い始めた。
驚いたのは政宗だ。大きな目をさらに大きくして呆然と見つめている。
ふいに我に返ると、政宗は大声で言った。
「な、何がおかしい!」
「い、いえ…。ふふっ、赤くなって…可愛い」
「なっ…!!」
ひとしきり笑うと、小十郎は目の端に浮かんだ涙を指で掬い取った。
「冗談ですよ、冗談。貴方の表情が可愛かったので、つい」
からかっちゃいました、と言い、また笑い出す。
まんまと騙されたのだと知り、政宗は更に顔を赤くした。
「小十郎っっっ!!!!」
「お返しです。お互い様でしょう?」
勝ったような笑みを浮べて、小十郎が言った。悔しそうな顔をして、政宗は顔を背ける。
小十郎は政宗の上から退けると、政宗の隣に座った。政宗も起き上がる。

結局正直な思いを言ったのは二人とも同じで。


それからしばらく、政宗は小十郎を避けていたらしい。

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